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精神科医・岩波明に聞く「ポストコロナと日本の医療」【前編】

精神科医に聞く「統合失調症患者と新型コロナ」…巷でウワサの“コロナ鬱”の実態とは?

構成=編集部
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画像はイメージです(Getty Imagesより)

 日本の医療現場に大混乱を引き起こした、新型コロナウイルスの感染拡大。各地の一般病棟では病床が逼迫し、PCR検査をなかなか受けられない状況や患者のたらい回しが社会問題となった。そのとき、同じ医療界でも感染症とは直接関わりのない精神科の領域においては、どんなことが起きていたのだろうか? 昭和大学附属烏山病院の院長であり、本サイトで「偉人たちの診察室」を連載中の精神科医、岩波明氏に話を聞いた。

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精神疾患のある新型コロナ陽性者を一般病棟で診るのは難しい

――新型コロナの感染が拡大した当初、精神科病院や大学病院の精神科はどんな対応を迫られましたか?

岩波明(以下、岩波) 私の勤務先である昭和大学附属烏山病院のある東京都では、精神疾患のある新型コロナ陽性者については、原則として東京都立松沢病院(東京都世田谷区)で治療する、という方針がまず決められました。よく知られているように松沢病院は、病床数898床の日本最大の精神科病院で、精神疾患のある結核患者などを診る20床ほどの感染症病棟を有しています。そこが、新型コロナ陽性者の専用病棟になったわけです。この松沢病院を中心に、他のいくつかの公的病院の精神科が、新型コロナ陽性の精神科患者に対応してきました。

 ところが、ニュースでも大きく報じられましたが、2020年5月下旬に武蔵野中央病院(東京都小金井市)の精神科病棟で新型コロナ陽性者30人以上のクラスターが発生したことによって、松沢病院が満床になってしまいました。それで東京都から、大学病院の精神科、続いて民間の精神科病院の一部に対し、新型コロナ関連の精神科患者を受けいれてほしいという要請がありました。この要請を昭和大学はお引き受けしましたが、協力した施設と断った施設はおよそ半々だったようです。

――精神疾患のある新型コロナ陽性者を治療するのは、やはり一般病棟では難しい?

岩波 不可能ではないですが、かなり厳しいです。例えば統合失調症などを患っている場合、医師の指示を守らず勝手に病棟から出ていってしまったり、感染拡大を防ぐような対策を自分でできなかったりする人が少なくないですから。

 一方、精神科はあくまで精神科なので、例えば新型コロナ陽性で肺炎の症状のある患者を治療する、というのは難しいわけです。従って一般の精神科においては、新型コロナ陰性だけれども、陽性者と濃厚接触していて経過観察の必要な人を受け入れるということを基本的な方針としました。PCR陽性者が出たら松沢病院などへ転院させる、という対応を考えていましたが、クラスターは短期で収まったため、武蔵野中央病院に関する依頼はいったん取り下げになりました。

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岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

コロナ禍でもほぼ平常通りの稼働率を維持できた精神科

――とすると、精神科の業界にとっては、今回のコロナ禍の直接的な影響はあまり大きくない?

岩波 一般病棟と比べれば、影響は圧倒的に小さいでしょうね。例えば昭和大学病院の一般病棟の稼働率は、通常85~90%程度ですが、新型コロナの第一波の対応に追われているときには50%を切っていました。一般の患者の入院はできるだけお断りし、手術についてもすぐに命に関わるもの以外は予定を延期して、新型コロナ陽性者のための病床を確保していたわけです。

 他の多くの大学病院も同様で、第一波のときの一般病棟の稼働率は、どこも5~6割程度。6月時点で7割ぐらいになりましたが、それでもまだまだ平常通りにはなっていません。4月には、付属病院のある全国の国公私立大学に対し、新型コロナ患者の入院受け入れを拡大するよう、文部科学省からも正式に要請があったので、施設によってかなりの温度差はありましたが、多かれ少なかれ、大部分の病院は新型コロナ感染症に対応したのです。

 それに対して、例えば精神科が中心の昭和大学附属烏山病院では、平時とあまり変わらない稼働率を維持できています。もちろん、入院患者を受け入れる際には、万が一にも新型コロナ陽性者が入らないように、PCR検査で陰性の結果が出るまでは必ず個室管理し、面会や外出も制限、というよりほぼ禁止していました。

 そのように管理を徹底した結果、精神科では起こりがちな無断離院や自殺企図などの事故が極端に少なくなるなど、むしろよかった面もありました。精神科病棟の管理は、普段からもう少しきっちりすべきだったかもしれない、などと思ったりしました。

引きこもり患者にとっては、コロナ禍の状況はむしろ好都合だった?

――精神疾患のなかには、社会状況の影響を強く受けるものもあると聞きます。今回のコロナ禍の影響が見られる精神疾患は?

岩波 数はそれほど多くないものの、神経症の人の不安が強くなったり、不潔恐怖症になったりするケースはありますね。新型コロナに感染することを極度に恐れて、家から絶対に出ない、都会での仕事を辞めて田舎に隠棲する、というような人も見られました。

 一方で、100人に1人がかかるといわれ、精神疾患のなかでも代表的なものである統合失調症は、もともと社会状況にはあまり影響されません。コロナ禍が何年も続くようなら多少関係してくるかもしれませんが、今のところ影響はほとんどないようです。

 また一方で、私たち精神科医が日常的に診察している、不登校や引きこもりの人のなかには、むしろこの状況によって救われた、という例が少なくありません。学校や会社へ行くこと自体がプレッシャーだった人にとっては、長期間の休業や、授業・業務のオンライン化は非常に喜ばしい変化です。そういう人との会話では、「この状況がいつまでも続いてほしい」という話がしょっちゅう出てきます。

――在宅勤務や自宅待機のストレス、あるいは今後の生活や感染に対する不安などによる“コロナ鬱”が増えている、といわれています。一般的な鬱病と比べて、なんらかの特徴のある症状なのでしょうか?

岩波 報道などで“コロナ鬱”といわれるものは、鬱病の前段階である「鬱状態」と同じような状態だと思います。多くはコロナ禍という状況に反応して一過性に「鬱」が見られているもので、その状態が長く続くと鬱病と診断されることもあるわけです。そのような意味で“コロナ鬱”は特別なものではないと考えています。

 今後増える可能性があるのは、先ほど述べたような、コロナ禍による自粛状況を歓迎している人たちが、日常へ戻っていくことに対するストレスで鬱状態や鬱病になるケースですね。夏休みも明けましたし、コロナ禍が収まってくれば、これから徐々に増えていくかもしれません。

大半の医師は“コロナ議論”以前に目前の問題への対応で精一杯

――日本におけるPCR検査の実施件数の少なさ、あるいはアジアと欧米諸国の感染者数・死者数の顕著な差などについて、医師だけでなくさまざまな分野の識者が毎日のようにメディア上で、そしてSNS上で議論を戦わせています。岩波先生は今回のコロナ禍をどう見ていますか?

岩波 私は感染症の専門家ではないですし、新型コロナは感染力が思いのほか強い、ということぐらいしか明確なことはいえません。同僚とも、新型コロナそのものについての学術的な議論をすることはあまりないですね。

 もちろん、医師ならそれぞれになんらかの見解は持っているとは思いますけど、現状では明らかにデータ不足のため、そういうことについて議論するより、現実にどう対応していくかを考えるほうがはるかに重要です。

 どの程度PCR検査をするべきか、検査をするときにマスクをどうするか、フェイスシールドがどれぐらい必要か、PCR検査で陰性だった人を個室からいつ出せばいいか。そういう目の前で逼迫している問題に対応するのでとにかく精一杯……という医師が大半だと思います。来院した患者さんのPCR検査の結果に一喜一憂している、あるいは予想していなかった患者が陽性でパニックになっている……などというのが、現場で対応している人たちの実際の姿です。

(構成=編集部)

岩波 明/精神科医

岩波 明/精神科医

1959年、神奈川県生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。都立松沢病院などで精神科の   診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学講座教授にして、昭和大学附属烏山病院の院長も兼務。近著に、『精神鑑定はなぜ間違えるのか?~再考 昭和・平成の凶悪犯罪~』(光文社新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書インテリジェンス)、共著に『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』(光文社新書)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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