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東京都・学校図書館の民間委託を廃止させた都議に聞く(1)…業務委託推進の波を覆せた理由

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
東京都・学校図書館の民間委託を廃止させた都議に聞く(1)…業務委託推進の波を覆せた理由の画像1
「米川大二郎のチャンネル」より

 東京都立高校から“偽装請負”が一掃されそうだ。

 3月23日、東京都議会予算特別委員会で、不祥事が続出していた都立高校の学校図書館について、民間委託を廃止する方針が正式に発表されたのだ。

 この日行われた締めくくり総括質疑のなかで藤田裕司教育長は、「新しい指導要領に対応するため」「学校図書館の機能を、より一層活用する」と答弁。その抽象的な表現とは裏腹に、具体的な施策の中身は、とんでもないサプライズだった。

 まず、民間委託されている128校のうち、2021年度末に契約が満了する86校から順次終了。それらを直接雇用(会計年度任用)に切り替えていき、23年度から委託校はゼロとなる。受託業者からすれば、その瞬間に20数億円の“ピンハネ市場”が露と消えることになる。

 ありとあらゆる公務の民間委託が急速に進められているなか、いったいなぜ、このような“逆流”が実現したのか。昨年9月の都議会での一般質問以来、都立高校での“偽装請負”を指摘し続けてきた都民ファーストの会所属の米川大二郎都議に、議会質問の影で繰り広げられていた当局との交渉の舞台裏を聞いた。

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都立高校190校のうち、現在民間委託されている128校の学校図書館が、今年度新たに契約された55校を最後として、委託事業者の募集は停止。今後は契約満了したものから順次、直接雇用(会計年度任用)へと切り替わっていき、2023年4月からは民間委託が全廃される見通しとなった(「米川大二郎ブログ」より)

「要求が受け入れられなかったら、私ひとりでも予算案に反対しますと公言してました」

 米川都議は今回の都教委、財務局との交渉プロセスを、そう振り返る。都市整備委員会の委員長を務める与党議員が、議会に提出された予算案に対して単独で反対するようなことをしたら、除名処分は免れなかったかもしれない。

「会派の幹部たちは『米川、狂ったのか』と、頭を抱えていたと思います。幸い、詳しく説明したら理解してくれまして、会派を通して行った要求が通りました」

 そこまで米川都議がこだわっていた都立高校の学校図書館問題とは、どのようなものだったのか。 インタビューに移る前に、その背景となる出来事を整理しておこう。

 都立高校に設置されている学校図書館の民間委託事業が始まったのは11年度から。毎年十数校ずつ委託へと転換していき、20年度には190校ある都立高校のうち128校が委託化。あと数年で全校委託化完了という“ゴール目前”まできていた。だが、この間、学校側が委託会社のスタッフに直接、指示・命令をする違法行為(=偽装請負)があったとして、15年に東京労働局から是正指導を受けていたことが判明。

 一般的に、図書館の人件費を抑えるためには、司書を非正規で採用したり、専門の派遣会社から司書資格のあるスタッフ派遣に切り替える。ところが都教委は、なぜか一足飛びに「委託化」を選択。学校図書館の運営業務を丸ごと「業務委託」にする方向に舵を切ったのだ。

“完成品を納入する”業務委託は、労働者派遣事業と違って、委託スタッフにクライアントが直接、指示・命令を出すことは堅く禁じられている。無許可で人を派遣して利益を得る“ピンハネ”行為にあたるからだ。現場への指示・命令は、本社の業務責任者を通して行わないといけない。工事を例にとると、発注者が直接、指示・命令を出せるのは、下請け企業の現場監督に対してだけだ。作業員とは、常に現場監督を通してやりとりをしなければならない。

 ところが学校図書館のなかでは、日常的に教師との打ち合わせは避けらない。その点で現場への周知が十分でなかったためか、都立高校の一校で「請負」に偽装した無許可派遣があったとして、15年7月に東京労働局から是正指導を受けたのだった。

 また、委託会社が契約通りに司書を配置できない契約不履行も頻発した。受託企業の大半は、ビル管理や清掃業、害虫駆除業など、図書館業務どころか教育とも無縁の企業。公務の民間委託市場が年々拡大していくなかで、都の業務を数多く受託していた業者が学校図書館の分野にも進出してきていた。

 信じられない話だが、3月に落札してから、4月以降に勤務する司書を募集する泥縄方式。しかも、募集はほぼ最低賃金レベルで1年ごとの契約というのでは、短期間で司書を確保するのは至難の業といえる。そのため、落札したものの契約通りに司書を高校に派遣できない契約不履行を引き起こす業者が続出したのだった。

 16年頃までこうした不祥事が頻発していたが、その後、都教委は単年度契約から複数年度契約に変更したり、業務完了した分だけ報酬を払う単価契約に切り替えたり、仕様書も違法状態に陥らないように改定し、各校にも詳細な通達を出すなどして、なんとか正常化させたかのように思われていた。

 一方で、この間に委託費は年々アップして開始当初の2倍近くになったが、業者が雇用する司書の時給は最低賃金プラス数十円のまま。「遅い、高い、悪い」の三拍子が揃った民間委託は、いったいなんのためにあるのかと、当サイトでは、これまで何度か報じてきた。

 事態が急変したのは昨年9月のことだ。米川都議が都議会の一般質問でこの問題を詳しく取り上げ、「いまだに偽装請負の状態にある」可能性を指摘したのだ。

 当日の質問内容だけ見ると「業務委託化を見直すべき」と、当たり障りのない表現に終始しているが、実はその議会質問当日までには、都財務局と都教委に対して違法事実を突きつけた厳しい交渉プロセスがあったことがわかった。

 さらに、9月の議会質問後も、どのように改善するのかの着地点についての綱引きは続けられていたのだった。都教委は一部の契約を停止するだけでお茶を濁すのではないかとみられていたなかで急転直下、「委託全面廃止」決定が出された。この20年ほど、日本全国で続いてきた公務の民間委託拡大の流れの中で、ひときわ異彩を放つ出来事となったのである。ほかの自治体へも少なからぬ影響を与えそうだ。

 次回から2回に分けて、米川都議へのインタビューを紹介する。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

インタビュー前編

インタビュー後編

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

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